「本物のライ麦100%で造ったウイスキーなのに、『ライウイスキー』と名乗ってはいけない」
今回は、カナダとEUの間で起きている、ウイスキーの名称を巡る少し奇妙で深刻な貿易摩擦について取り上げます。
1. 前提知識:カナダにおける「ライ」のゆるい定義
まず前提として、カナダの国内法(連邦食品医薬品規則)におけるウイスキーの定義を知る必要があります。
カナダでは、歴史的な慣習から「ライウイスキー」「カナディアンウイスキー」「カナディアンライウイスキー」が同義語として扱われます。そのため、極端に言えばライ麦が全く使用されていなくても「ライウイスキー」と名乗れてしまうことがあります。
さらにカナダ法では、味わいを整えるために最大9.09%までワインや他のスピリッツ、フレーバー(香味付け物質)を添加することが認められている点にも注意が必要です。
2. 摩擦その1:原材料名が「1国の独占資格」になる不条理
このカナダの「ゆるい定義」が、国際協定を介してEUに持ち込まれたことで、欧州の生産者たちが巻き込まれる逆説的なトラブルが起きています。
原因は、2000年代前半にEUとカナダの間で結ばれた古い貿易協定です。当時、ヨーロッパにはライ麦でウイスキーを造るクラフト蒸留所がほとんど存在していませんでした。そのため、EUの交渉当局は「Rye Whisky(ライウイスキー)」という用語をカナダ側の地理的表示(GI)として登録することに合意しました。
本来、地理的表示は「スコッチ」や「バーボン」のように地域名や生産様式を保護するものです。しかし今回のケースでは、「ライ麦」という原材料名が国際協定の下で特定国に結び付けられてしまうという異例の事態が発生しました。これが近年になって突然厳格に運用され始めたため、現場は混乱しています。

【補足】なぜ地名ではなく「原材料名」がカナダの独占になったのか?
からくりは非常にシンプルです。
- EUは貿易協定で、カナダの特産品である「カナディアンウイスキー」を地理的表示(GI)として保護することに合意しました。
- ところが前述の通り、カナダの法律では伝統的に「カナディアンウイスキー=ライウイスキー」と同義語として扱われています。
この2つが連動した結果、EUの法律上でも「ライウイスキー(Rye Whisky)」という言葉そのものが、カナダの権利として、丸ごと独占的に登録されてしまったのです。
結果として、EU内の生産者が「Rye」と表記できない事例が発生しています。デンマークやフィンランドなどで地元産ライ麦を100%使ってライウイスキーを造っている蒸留所が、ボトルに「Rye Whisky」と明記できなくなったのです。
これに対し、海外の有力スピリッツ専門誌『The Spirits Business』が報じた現地の有力クラフト蒸留所たちの声からは、怒りや困惑、そしてユーモアを交えた猛反発の様子が伝わってきます。
- Kyrö(フィンランド): 同社はこの運用の突然の適用に対し、SNSで「outryegous(不当極まりない/とんでもない)」という「Rye(ライ)」をかけた皮肉な造語で抗議。現在は、規制をかいくぐるためにラベルの文字を「whisky made from rye(ライ麦から造られたウイスキー)」と書き換えるなどの工夫を強いられています。
- Stauning(デンマーク)共同創業者アレックス・ムンチ氏: 「場所(地名)を守ることはできても、原材料そのものを守る(独占する)ことはできないはずだ。ライ麦は複数の国で古くから使われている穀物であり、原料の使用を保護するのは不適切だ」と強く批判し、現行協定の見直しを訴えています。
欧州の生産者はこのように表記を変えたり、遠回しに注釈的に書くなどの対応を強いられています。肝心のカナダではライ麦0%でも「ライウイスキー」と認められるのに、ライ麦100%で造る生産者が名前を奪われるという二重の不条理がここにあります。

3. 摩擦その2:カナダ側も直面する「添加物」の壁
一方で、表示基準や生産基準の不一致はカナダの輸出業者にも影響を及ぼしています。EUの規則(Regulation (EU) 2019/787)はウイスキーへの添加物を厳しく制限しており、色付けに使えるのはプレーンなカラメル(E150a)などに限定されています。フレーバーや他のスピリッツの添加は認められていません。
実務的な影響として、カナダ国内やアメリカ向けには「9.09%ルール」を活用してブレンドした製品を出荷できても、それをそのままEUに持ち込むとEU法上は「ウイスキー」と認められず「スピリッツ飲料」として扱われてしまいます。
そのためカナダの蒸留所は、EU向け専用に添加物を使わないロットを別途製造したり、海外向けの専用ラベルを用意するなど、二重の手間とコストを負っています。
まとめ
「ライ麦を使っていないのにライウイスキーと名乗れる国(カナダ)」の既得権益を守った結果、「ライ麦100%で造っている地元の生産者(EU)」がその名称を使えなくなる――。
このように、名称保護(GI)と生産基準の不一致が生んだねじれは、法律が時に不条理な摩擦を生むことを示す興味深い事例です。
■ 参考資料


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